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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)716号 判決

原告 株式会社長崎製作所

被告 国

訴訟代理人 朝山崇 外四名

主文

被告は原告に対し金四七万一、〇〇〇円及びこれに対する昭和三〇年三月一〇日から右支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払うこと。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

事実

請求の趣旨

被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和三〇年三月一〇日から右支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求める。

同原因

一、別紙物件表記載の物件は原告が昭和三〇年六月一三日訴外谷崎製作所こと谷崎栄一の同土井朝一外数名に対する四〇万円の債務を代払したため同谷崎から代物弁済として受領し、その所有権を取得し、同谷崎に対し使用損害金毎月一万円の約定で使用させていたものである。

二、ところが訴外古沢堅は生野簡易裁判所昭和三一年(ハ)第一五〇号事件の判決に基く同谷崎に対する債権額三万二、六四〇円についての強制執行を大阪地方裁判所執行吏吉本忠男に委任したので、同執行吏は昭和三一年一〇月二七日同谷崎方に臨み、旋盤八尺もの一台、同六尺もの三台、三重ねタンス一棹及び鏡台一個に対し差押をなし、訴外茨木三郎は昭和三二年二月九日右物件中旋盤四台を競落した。

三、ところで執行吏なるものは強制執行等の職務執行をなすに当つては、最高裁判所事務総局の編さんにかかる執行吏執務提要で守り法令に基いて、債務者は勿論第三者の権利を害さないようにしなければならない職務上の義務を有するものである。しかるに執行吏吉本忠男は前記執行に当つて次の違法行為をなした。

(1)  差押の際債務者から、同旋盤は原告の所有にかかる旨の陳述を聞きながら、これを執行調書に記載しなかつた。

(2)  差押は執行の目的を達するに必要な限度に止めなければならないにもかかわらず、本件強制執行を求める債権額が僅か三万二、六四〇円であるに対し、時価合計八〇万円もする同旋盤四台を故意に僅少価格に見積り差押をなした。

(3)  右差押があつて後谷崎は債権者に対し一万円を弁済したため、債権者代理人酒井信雄は同執行吏に対し債権額三万二、六四〇円を二万四、二四〇円に減額する旨申出るとともに競売を断行することを請求したので、執行吏吉本は昭和三二年二月九日競売のため同谷崎方に臨んだ。

その時同谷崎は五万円を差出し、右金額で差押物件を自分競落さしてくれと申入れたところ、同執行吏は同谷崎に対し、お前は素人で競売手続が判らんから、同行の道具屋から買戻したらよかろうと告げ受付けず、同谷崎が隣家のものにこの事実を報告に行つているすきに前記旋盤を僅かに代金二万五、二〇〇円で訴外茨木三郎(執行吏役場に出入する道具屋)に競落させた。されば右は同執行吏が同谷崎から五万円提供の申出を受けたのであるから、これを債務弁済に充たすのが債務者の利益であるにかかわらず、債務者の不知に乗じ懇意の道具屋に不正の利益を得さしめるため右申出を受付けなかつた行為に帰する。

(4)  競売物件中に高価品あるときは適当な鑑定人にこれを評価せしめねばならないことになつており(民事訴訟法第五七三条、執行吏執務提要第二編第三章第二節第一款第三換価の一の(一))、そして旋盤が高価なることは公知の事実で、ましてや大阪のような大都市で毎日執行事務に携わるものは現に使用中の旋盤が高価であることを知らぬ筈がないにもかかわらず、評価せしめないばかりか、驚くべき僅少価格の二万五、二〇〇円で売却し、以て競落人たる同茨木をして巨額の不正利得をえしめた。同人において不正利得をなしていることは、同谷崎が同執行吏の指示通り競落人に物件の買戻方を交渉した際、同人は一〇〇万円なれば買戻に応じてやるといつた一事により明白に知ることができる。

四、敍上の執行吏吉本忠男の行為は国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うにつき故意又は過失により違法に他人に損害を加えたものに該当し、右行為により原告は前記旋盤四台の所有権を喪失し多額の損害を被つたものである。されば原告は国家賠償法に基き被告に対し右損害の賠償を請求しうるものである。

五、よつて原告は被告に対し次の金員の支払を求める。

(一)  損害内金(旋盤四台の時価八〇万円及びその据付費用二〇万円) 一〇〇万円

(二)  遅延損害金右金員に対する昭和三〇年三月一〇日(訴状送達の翌日)から支払済に至る迄年五分の割合によるもの

被告の申立

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求める。

請求の原因に対する被告の主張

一、請求の原因事実中訴外古沢堅が生野簡易裁判所昭和三一年(ハ)第一五〇号事件の判決に基く訴外谷崎栄一に対する債権額三万二、六四〇円についての強制執行を大阪地方裁判所執行吏吉村忠男に委任し、同執行吏が昭和三一年一〇月二七日同谷崎方に臨み差押をなし、訴外茨木三郎が昭和三二年二月九日差押物件中の旋盤を競落した事実、差押後同谷崎が執行は債権者に対し一万円を弁済したため、同谷崎に対する執行債権額が二万四、二四〇円に減額されたこと、同執行吏が競売に当り鑑定人をして競売物件の評価をなさしめなかつたことは何れもこれを認める。

二、同原因(一)記載の原告及び同谷崎間の別紙物件表記載物件に関する代物弁済並に使用貸借は同谷崎に対する強制執行を免れるためになした同人等の通謀虚偽表示によるものにして、原告主張のように本件旋盤が原告の所有に属するものではない。

三、同原因(二)記載の差押及び競落がなされた旋盤は八尺もの一台及び六尺もの二台合計三台であつて、原告主張のように八尺もの一台及び六尺もの三台合計四台ではない。

四、同原因(三)記載のような違法行為は存しない。

(1)  同(三)の(1) の事実なきことは、次の事実に照して明かである。

(イ)  執行吏執行等手続規則第二六条によれば、同法に所謂債務者たる同谷崎から差押物たる旋盤が原告の所有に属し債務者の財産でない旨の申出があつたときはその旨を差押調書に記載しなければならないところ、同記載がなされていないこと。

(ロ)  同差押と競売との間には三ヵ月有余の期間があつたにもかかわらず、原告から何等の異議がなかつたこと。

(ハ)  他人の所有物に対し差押があれば、その物の保管者は直ちに所有者にその旨を通知する等適当な措置を採るのが通常であり、執行吏が故らに保管者の主張を無視して調書に記載しなかつたようなことがあれば、なおさらそうすべきにかかわらず、全くこのような措置に出でなかつたこと。

(ニ)  同谷崎が本件差押を受けるや自ら債権者に対し一部弁済をしていること。

(2)  同原因(三)の(2) の事実なきことは、本件差押に際する吉本執行吏の評価が大阪地方裁判所の他の執行吏の同種物件に対する評価額と比較して著しく低額でない事実に照らし明かであり、更に本件旋盤は何れも大正初期の製作にかかる箱型の一番旧式のものでそのベッドは傷がついていて熔接されており、そのエプロンは割れていたから、潰して売却せざるをえなかつたもので、潰しで競売される場合においては旋盤の割賃が高くつくため、この費用及び運搬賃等を計上すると、競売価格は鋳物の時価より相当減額されるものであつたから、なおさら本件評価が失当とはいいえない。

(3)  同原因(三)の(3) の事実なきことは、次の事実に照らし明かである。

(イ)  本件競売に先きだち同執行吏は同谷崎に対し「こんな僅かの債権額で競売されてはつまらんから弁済してはどうか」と任意の履行を促したが、同人は「払う必要はない。債権者に損害賠償を要求して取る」といつてこれに応じなかつたのである。同人は期日に弁済するような誠実な債務者ではなく、その財産に対する差押も本件以前にも数回受けた経験を有し、競売に至つたことも一回に止らず、そのため差押・競売手続には慣熟しているのである。

(ロ)  本件競売期日は当初昭和三一年一一月五日と定められたが、差押後同人が債権者代理人に分割弁済を約し、一〇月、一一月分を支払い右競売期日が延期されたが、その後残額については弁済せずに放置し、延期後の二月九日の競売期日もその数日前なる二月六日頃同人に通知されていたので、あらかじめこれを知悉していたわけである。しかも同人の住所と差押債権者古沢堅、同代理人酒井信雄の住居は同区内にあつて近接しているのであるから、もし同谷崎においてあらかじめ弁済するだけの金額があれば、当然競売期日迄に一投足の労にて弁済できた筈であるのに、ことここに出ないで競売当日突如債務額以上の五万円を有して、その全額を差出し執行吏に弁済提供したとは到底考えられないところである。

(4)  同原因(三)の(4) 記載の高価物鑑定の必要は、金銀物、美術品、宝玉その他骨とう物のような特別高価なものの場合には存するが、一般町工場に常備されている工作機械の類即ち本件旋盤については存しない。しかも大阪地方裁判所々属の各執行吏の実務上の取扱を見ても、旋盤等の普通工作機械に対する差押手続において鑑定人に評価させた事例は全く見当らない。

五(1)  仮りに原告主張のように執行吏が故意に同谷崎の陳述を無視して物件を差押えたとしても、異議訴訟を提起し執行停止を求めない限り、執行手続は適法に続行され、有効に競落されるから、前記調書の不記載と原告主張の損害発生との間には何等の因果関係は存しない。

(2)  本件競売に際し同執行吏の評価が調書記載のそれに比しより高価額になされたとしても、そのために本件物件がより高価に競落されたであろうという蓋然性もなく、却て執行吏の評価が高額になされていても競落価額は本件程度となるものと容易に推測されるから、仮りに原告主張のように執行吏の評価が不当に低額であつたとしても、これと原告主張の損害発生との間には何等の因果関係は存しない。

証拠〈省略〉

理由

訴外古沢堅が生野簡易裁判所昭和三一年(ハ)第一五〇号事件に基く訴外谷崎栄一に対する債権額三万二、六四〇円についての強制執行を大阪地方裁判所執行吏吉本忠男に委任し、同執行吏が昭和三一年一〇月二七日同谷崎方に臨み動産差押をなし、訴外茨木三郎(執行吏役場に出入する道具屋)が昭和三二年二月九日同差押物件中の旋盤を代金二万五、二〇〇円で競落したこと、同差押後同谷崎が執行債権者に対し一万円を弁済したため、同谷崎に対する前記執行債権額が二万四、二四〇円に減額されたこと及び同執行吏が競売に当り鑑定人をして競売物件の評価をなさしめなかつたことは何れも当事者間に争がない。

次の順序に従い争点について検討する。

(請求の原因(一)の事実について)

証人渡辺敬治及び同谷崎栄一(一回)の各証言により成立を認めうる甲第一号証(物件譲渡契約証)及び成立につき争のない同第六号証(和解調書)並に前記各証言及び証人土井朝一の証言を総合して考えると、原告は同谷崎のため訴外土井朝一の同谷崎に対する貸金債権(昭和二八年六月一五日成立にかかる。同訴外人が原告会社の社員であることは同債権の成立を阻却する蓋然的事由とはならないと解する。)につき弁済をなしたこと(訴外清水重春は個人としてではなく、原告会社の代表者としてこれをなしたものと解する。)による同谷崎に対する求償債権額一〇万円及び原告の同谷崎に対する貸金債権額三〇万円合計四〇万円の債権につき、昭和三〇年六月一三日同谷崎に属する物件表記載の物件の所有権を同谷崎から代物弁済として取得したこと並に原告及び同谷崎間に毎月一万円の使用料を支払うべき約定の使用貸借類似の契約が成立したことを認めることができ、他に右認定を動かしうる証拠はない。

而して請求の原因(一)に対する被告の抗弁事実(被告主張(二)の事実)についての被告の「本件物件に対する差押を受けたことについて原告会社に連絡もしていないということは右虚偽表示であることを明にしている」との間接事実の主張は、同谷崎の「金額も少ないので、その位なら自分で払うつもりで、一々云うていると仕事の面で差支えるので連絡しなかつた」との供述(一回)に鑑みると採用し難く、右抗弁については本来あるべき被告の立証がないから、これを採用するに由なきところである。

そうすると、請求原因(一)事実中「訴外土井外数名に対する四〇万円の債務」という点は認められないが、これに関して前記認定のように解する以上は、結局前記物件は原告の所有に属し、同谷崎が原告からこれを使用することにつき許諾を受け適法に占有していたものであるとの原告の主張は理由があると断ずることができる。

(請求の原因(二)の事実中の訴外茨木三郎が競落した旋盤は同八尺もの一台及び六尺もの三台であるかについて)

成立に争のない甲第四号証(有体動産競売調書)によると、競落物件は前記旋盤計四台の外三重箪笥一棹及び鏡台一台であるかのようであるが、成立に争のない乙第三号証(吉本忠男供述調書)並に証人谷崎(二回)、同鳥井保及び同茨木三郎の各証言によると、右物件は旋盤八尺もの一台及び同六尺もの二台であることを認めることができ、他に右認定を動かしうる証拠はない。

(請求の原因(三)の(1) の事実について)

証人谷崎栄一(一回)及び同谷崎栄子の各証言によると、右の事実を認めることができ、同吉本忠男及び同茨木三郎の各証言中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を動かしうる証拠はない。

而して右事実に関する被告主張(四)の(1) の(イ)はこれが問題それ自体であつて、理由とはなしえない性質のものであり、同(ロ)及び(ハ)は成立に争のない甲第七号証の三(谷崎栄子第一回供述調書)中に「大体に主人(谷崎栄一)は仕事以外には余りはきはきしない人で、るうずなというか、この時(競売通知書の送達のあつた二月六日頃)にも弁護士さんの処へ行かなかつた」と記載あること及び同谷崎栄一に対する証人尋問中に捕捉せられる前記内容と同一の同人の性格に鑑みこれらを採用し難く、同主張(四)の(1) の(二)は同谷崎栄一が同旋盤が原告の所有にかかる旨の陳述をなさなかつたと認定しうる蓋然性あるものに当らないので、これまた採用し難い。

(請求の原因(三)の(2) の事実について)

一、旋盤三台の競売手続当時における時価

証人谷崎栄一(一、二回)、同鳥井保及び同川手新吉の各証言を総合して考えると、同旋盤三台は何れも英式、戦前の内地製品(製作所名不明)で、これ等にはひびの入つた個所も熔接した部分もなく、他所に据替をしても旋盤として使用することができ、競落迄引続き現場において機械として作業に使用されていた物件であることを認めることができ、右認定に反する証人茨木三郎の証言は前記証拠に照らし措信し難い。そこで右認定のような条件下における同旋盤三台の競売手続当時における時価につき、鑑定人江口秀雄の鑑定の結果並に証人谷崎栄一(一二回)及び同川手新吉の各証言を総合して考えると、機械としての右三台の時価は八尺ものが一台が一七万円、六尺のもの二台が二八万円(一台一四万円)合計四五万円を以て相当とすることを認めることができ、他に右認定を動かしうる証拠はない。

二、過少評価の故意

成立に争のない甲第七号証の八(二反田正三供述調書)及び前出乙第三号証(吉本忠男供述調書)によると、同執行吏に機械としての同旋盤について過少評価の故意はないが、明かに過失あることを認めることができ、他に右認定を動かしうる証拠はない。(同物件の屑鉄としての評価上においても過少なることにつき過失あることを認めうるが、前記認定のように差押当時現に機械として作業に使用されていたものであり、成立に争のない甲第二号証(差押調書)によるも、同旋盤は屑鉄としてではなく機械として差押られているものであるから、屑鉄としての評価の過少なることにつき故意過失が存するかどうかは問題外のことに属する。)

(請求の原因(三)の(3) の事実(前記争のない事実を除く)について)

成立に争のない甲第七号証の一(谷崎栄一第一回供述調書)、前出同第七号証の三(谷崎栄子第一回供述調書)、成立に争のない同第七号証の四(田中シモ供述調書)及び乙第二号証(池田貞通供述調書)並に証人谷崎栄一及び同谷崎栄子の各証言を総合して考えると、同谷崎栄一は競売に先きだち同執行吏に対し五万円を提供して「物件を自分に売つて貰いたい」と申入れたに対し、同執行吏は「競売をやつて見ないことには、五万円以上の最高価格の申入をするものがないとも限らない」との理由から右金領の受領を肯じなかつたので、同谷崎は「それでは更に一〇万円を工面してくるから競売を待つて貰いたい」旨申入れおき、同所同番地料理飲食業田中シモ方に馳付け、同人に対し右の一〇万円の貸与方懇請しその承諾をえ急ぎ引返したところ、既に競落人は決定しており、同執行吏から競売調書に署名捺印することを求められたが、当初同栄一は頑としてこれに応じなかつたものの、同執行吏の「五万、一〇万という大金を出さなくても、残債権に五、〇〇〇円もつけたら買戻しができるようお前の有利なように当職から話してやる。」との言により詮方なく、遂に右調書に署名捺印をなしたものであることを認めることができ、右認定に反する証人池田貞通、同茨城三郎及び同吉本の各証言並に成立に争のない乙第一号証(同茨木供述調書)記載の供述内容は前記証拠に照らし措信し難く、右認定を動かしうる証拠はない。

されば被告主張(四)の(3) の(イ)記載の任意履行の催告がなかつたことは、前記証拠に照すも、また前出の乙第二号証(池田貞通供述調書)によるもこれを認めることができ、右認定に反する証人池田貞通、同茨木三郎及び吉本忠男の各証言は措信し難く、同(イ)記載の同谷崎が債務者としての誠実性を有しないことについては被告の立証がなく、一件記録上の証拠によるもこれを認め難く、同人が差押・競売手続の慣熟者であることは前記五万円の提供がなかつたと認定しうる間接事実たりえないものである。

而して同(ロ)記載の分割金債務の遅滞のなかつたことは、前出甲第七号証の一(谷崎栄一供述調書)記載の供述内容(その六及七)によりこれを認めることができ、同記載の競売通知後その当日迄右分割金支払の余力なく、しかしその当日には同谷崎が債務額以上の五万円なる金員を有していたものなることは、前出甲第七号証の三(谷崎栄子供述調書)記載の同右(その三及び四)によりこれを認めることができ、他に右認定を動かしうる証拠はない。

(結び)

一、請求の原因(三)の(1) に関する前記認定事実の存在がそれ自体独自的に損害発生に対し因果関係を有するものでないことは、寔に被告主張(五)の所論のとおりであるが、このような違法行為が存在することは同原因(三)の(3) の事実を肯認せしめうる徴表と解すべきものである。

二、同原因(三)の(2) に関する前記認定のように、本件競落物件はその競落当時における時価が四五万円に相当するものであるに鑑みるとき、差押をすべき有体物産を選択するについては債権者の利益を害しない限り、債務者の利益を考慮しなければならない(執行吏執行等手続規則第二二条)義務を有する同執行吏は、当然六尺旋盤一台だけの差押に止るべき義務あるにかかわらず、前記認定のように過失により物件を過少に評価して前記旋盤四台全部に亘り差押をなし、かかる差押手続が基因となり、同原因(三)の(3) に関する前記認定のように、同谷崎は同執行吏に対し執行債権額と執行費用を支払つてなお余剰あるべき五万円の提供をなしたものであるから、同執行吏は当然右に必要にして相当な金額だけを受領し執行完結の処分をなすべく、競売手続の実施をなさざるべき義務があるにかかわらず、故意に右義務に違反し、同認定のように違法に競売手続を遂行し、換言すれば前記のような違法不当なる差押手続の開始に加うるに、なおかかる違法な競売手続の終了なる一連の不法行為により、競落と同時に同現場においてコンクリートの基礎上に定着された同旋盤三台の所有権は失われ、而して通常予見しうべかりし競落人の競落物の引揚げによる同基礎の毀損がなされ、よつて原告は同旋盤三台の時価四五万円及び同基礎の時価即ち次の認定のようなこれらの据付けに要した費用二万一、〇〇〇円相当額の損害を蒙つたと断ずべきである。鑑定人江口秀雄の鑑定の結果によると、大阪市内で同旋盤三台を買入れ前記執行場所たる同谷崎方に至る迄の運搬費用は六、〇〇〇円(一台二、〇〇〇円)、これを同場所に据付けるための工事費は一万五、〇〇〇円(一台五、〇〇〇円)が相当であることを認めることができ、他に右認定を動かしうる証拠はない。

三、執行吏は法律の定めるところにより裁判の執行、裁判所の発する文書の送達その他の事務を行う裁判所職員即ち国家賠償法に所謂国の公権力の行使に当る公務員であるが、訴外吉本忠男は大阪地方裁判所執行吏として本件有体動産の強制執行の職務をなし、原告に前記の損害を加えたものに該当する。されば被告たる国は右被害者たる原告に対し前記旋盤三台の時価相当の四五万円及びその据付費用二万一、〇〇〇円合計四七万一、〇〇〇円及びこれに対する昭和三〇年三月一〇日(本件記録上明白なる訴状送達の日の翌日)から右支払済に至る迄民事利率の年五分の割合による金員の支払義務あること明かである。

よつて請求の原因(三)の(4) 記載の事実及びこれに対する被告の主張を審按する要なく原告の被告に対する本訴請求は右認定の限度において理由があると認めてこれを認容し、その他を棄却し、本判決の執行は確定を俟てこれを行うを適当とするにつき仮執行の宣言はこれを付せざるべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井上松治郎)

物件表

一、大阪市東成区南中浜町四丁目九四番地上

所有者 谷崎栄一

家屋番号 両町第三三七号

木造瓦葺平家工場 一一坪七合三勺

工場内備付動産

一、八尺旋盤 一台

一、六尺旋盤 三台

一、四尺旋盤 一台

一、フライス盤 一台

一、ボール盤(ギヤー式) 一台

一、ボール盤(高速度) 一台

一、ボール盤(小型ベルト掛) 一台

一、ハシラボレス(中型) 一台

一、三馬力モートル(明電舎) 一台

一、二馬力モートル 一台

以上

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